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いつも、私は全くの白紙の前では、何も描けないでいる!!(1) [アート]

皆さん、こんにちは。
今、ここに目の前に真っ白な画用紙が数枚と、絵具と筆が置かれてあるとします。
ここで「ハイ、皆さん!今から何でもいいですから、この真っ白な画用紙に自由に絵を描いてご覧なさい」
って言われたら、どうしますか?
すぐに絵を描くことが出来ますか?

絵ごころがある人なら、すぐにいろいろと絵を描くことが出来るかもしれませんネェ~。
でも、私にはなかなか描けないのです。

こう言うと、
「へぇー、なぜすぐに絵を描くことが出来ないのですかー!?」
って、言う方も多いと思います。
これは別に不思議でもなんでもなく、ただ私はたいした絵の才能が無いから描けないのです。
でも、実はどんなに才能がある人であっても、まったくの白紙には絵を描くことは出来ないのですヨ~。

「え!?才能がある人でも白紙には絵を描けないだって? それって、いったいどういうこと!?」
って言われそうなので、これから、そのお話をしていこうと思います。

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         『さかな、愛』

紙(キャンバス)に絵を描くとき、実は作者は頭の中に既に何らかの“絵”が存在しているのです。
そして、これを現実化するために絵具を紙に塗るのです。
つまり、まったくの白紙ではないのです。
想像力豊かな人は、頭の中に常にいろいろなイメージが湧いていて、後は、それを紙(キャンバス)に表現していくだけで、立派なアート作品になります。
また、日常生活の風景やさまざまな過去の芸術作品などから、ふと自分なりのイメージが湧き、それが新しい作品となっていきます。
私の場合も、日々の生活の中で、突然に頭の中に新しいイメージが湧いてくることがありますネ~。
もっとも、そのイメージを実際の作品にしようとする時には、たいていは当初の新鮮さが失われていて、つまらない作品にしか仕上がらないのですが・・・

では、そもそも“創造”って何なのでしょうか?
そして、なぜ、人は思うように自由に描けないのでしょうか?

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         『変』

今日は、“創造”というものを考えるために、ここで、子供の絵を考えてみましょうかぁ。

子供は創造的な存在だ、とよく言われますネ~。
子供が描いた絵は見ていてたのもしいがありますネ~。
でも、子供が描いた絵で歴史に残る作品はあったでしょうか?
どんなに天才と言われた画家であっても、その子供の時の絵を見ると、とても名作とはいえないでしょう。

子供の絵は、アートの創作には確かにいいヒントにはなります。
なぜなら、その絵は常識的なものに縛られていないからです。
例えば、人物に手が無かったり、宙を飛んでいたり、虫の大きさが人間を超えていたり・・・
これが少し大人になってくると事情は違ってきて、ちゃんと人には手足を描き、りんごは赤く、太陽は丸くなど、当たり前の“普通の”絵に近くなってきます。

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         『母親と遊ぶ4人の子供たち』

このように、子供は、技術的な未熟さも手伝って、大人のような常識に縛られていないため、大人が描けない絵を描いています。
でも、よく子供は創造性に富む、などと言われますが、子供が描いた絵は、アートと言えるようなものではないのも確かなことですネ。
つまり、大人が描けない絵を描くという意味では創造的です。
でも、それは、けっして芸術作品といえるものではない。

では、子供がアートを創作することが出来ないのはなぜなのでしょうか?
それは、子供には、創造の土台となるものが無いからなのです。
その土台とは、その人の生き方が大きく関わっていきます。
そこには様々な戦いや苦しみ、驚きや喜びなどの体験があります。
それらが土台となってアートは創造されていくのですネー。
子供にはそうした土台がないために、アートは創れないのですヨ。

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          『森』

では、さまざまな経験を積んだ大人が、すべて創造的なアートを生み出せるかと言えば、実は全くそうはいっていないのも事実ですネー。
アートに限らず、どんな分野であっても創造的な仕事を成し遂げる人と言うのは、いつの時代でもごく僅かですネ~。
では、創造的な人とそうではない人との違いはどこから来るのでしょうか?

                                                    つづく
          


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