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私とシュールレアリズム(2) [アート]

さてさて、面白いことに、ダリの作品に深い感動を受けた後、私は、それまでに全く興味がなかったミロやピカソなどの作品にも興味が出てきました。
こうして、いろいろな“わけがわからない”作品がとても好きになってきたのでした。
人は、ひとたび“眼”が開かれると、その開かれた眼によって、それまで見えなかったものが見えるようになるのでしょうネー。
むしろ、“わけがわからない”作品の方が、強く印象に残ってくるのです。

          ピカソ『首飾りの婦人』.jpg  
           パブロ・ピカソ 『首飾りの婦人』

いわゆる“綺麗な”作品は、確かに見ていて気持ちがいいですネ。
でも、それはその技術的な上手さに対して、「大したものだなぁ」とか、「ここまで上手くなるには相当の練習を積んだんだろうなぁ」などと、作者の努力の方に気持ちが行ってしまい、肝心の作品は数日もすると印象が薄れてしまっているのです。
そうした綺麗な作品は、部屋やオフィスの壁に飾っていたら、さぞ見映えもいいことでしょう。
でも、人の心に強く印象付き、観ている人の人生の方向性を変えるほどのパワーは無いと思いますヨ。

皆さんは、どうですか?
一見して何が表現されているのかが良くわかる作品と、どう考えても何なのかがわからない作品とがあった場合、どちらに心が惹かれますか?

「ハイ、わたしはやっぱり、何なのかがよくわかる作品の方が好きですヨー」
って言われる方も大勢いると思います。

        img092  80.JPG  
         HAYAO 『鳥と遊ぶ男』

それはそれでいいのです。
人それぞれの好みの問題ですから。
いわゆる“綺麗な”作品の中にも、強く印象に残る作品はたくさんあります。
いや、むしろその方が多いのかもしれませんネー。

「オイオイ、いったいどっちなんだ?」
って言わないでください。
確かに綺麗な作品にも素晴らしい作品はたくさんあります。

しかし・・・・・・・
現代のように写真が手軽に撮れる時代にあっては、私には写実的な作品ではどうしても創造性に欠けるような気がするのです。
写実的な作品ならば、アマチュアがデジカメで創った作品でも、素晴らしい作品がいっぱいあるように思えます。

       DSCN2724 70.JPG     
(ちなみに先日、私は新しくデジカメを買い換えましたぁー。これを使って、取材旅行で撮影しようと思います。Panasonic LUMIX DMC-TZ10  1450万画素(総画素)/1210万画素(有効画素) 光学ズーム:12倍 AVCHD Lite動画)


もちろん、私は、いわゆる“綺麗な”作品を否定しているのではありません。
それはとても素晴らしい作品だと考えています。
どんなにデジタルカメラが発達しようとも、絵画にはその独特の表情があるのですからネ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、ダリによって開かれた、私の中に芽生えたシュールレアリズムの“眼”が、それまでなんとも感じなかった芸術作品を観る力を身につけさせたのかもしれませんネー。

さらに、絵画だけでなく彫刻や書、陶芸などにも強い興味を持つようになりました。
彫刻に関しても、何の形なのかがはっきりわかる作品よりも、一見したところよくわからない作品に惹かれるようになりました。

           murasaki-nioi.jpg
          加藤唐九郎 志野茶碗『紫匂(むらさきにおい)』

ただ好き嫌いはもちろんあります。
有名で“名作”と言われる作品でも、全く興味を感じなかったり、逆にあまり知られていない作品でも、私から見れば名作だなーと感じるものもあります。
たとえば、ピカソの有名な作品の『ゲルニカ』やモネの作品には私は何とも感じないのですが・・・

こうしたことから、自分でも作品を創作するようになっていきました。

絵を観るのは楽しいことですが、“自分の”絵を描くということは、もっと楽しいことです。

今日は、『私とシュールレアリズム』という題でお話ししています。
でも、私はシュールレアリズムなどとか難しく考えなくても、自由に創作すればいいと思っています。
どこまでも自分に正直であることが大事だと思っています。
このように自分の作品を創作することの喜びが大切なのですヨ。
ですから、私は皆さんに、「どんな作品であっても自由に創作し続ける」ことをお勧めします。

        img099  70.JPG
        『魚釣りをする男』

上の私の作品を観て、皆さんはどう思い、感じましたか?

「へぇ~! こっ、こんなんでいいのかい!? この程度なら、ワシにもすぐに描けるわい」って思いませんでしたか?
絵なんて、簡単でしょう?

私は、以前から次のような『アーティストの三原則』というのを挙げています。

 好かれようとしてはいけない
 認められようとしてはいけない
 褒められようとしてはいけない

アーティストにとっては、人に認められようなどと考えることしないほうがいいと思っています。
でも、作品を創作する以上、自分だけがそれを観て楽しむというのは、あまりにもつまらないことです。
私は、ダリをはじめとした多くのアーティストの作品に感動し、喜びや驚きを与えられました。
そのように、自分の作品もまた、多くの人たちに感動を与えるようになって欲しいと考えるのも自然なことですネー。
むしろ、私は、『アーティストの三原則』によってこそ、結果的に人に感動を与え、文化・国境・時代を超える素晴らしい作品を生み出すと思うのですヨー。
                                    完
          
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私とシュールレアリズム(1) [アート]

皆さん、こんにちは。

今日は、私と芸術、特にシュールレアリズムについてお話していこうと思います。
アートと言うものは、理屈で考えてもわかるものではありませんネ~。
ですから、今日は私の体験を通して、アートっていうものをお話していこうと思います。

         img086  70.JPG
          『音楽を聴く男』

まず、以前にもお話しましたように、シュールレアリズム(超現実主義)とは現実を超えて離れていたり、非現実である事を言うのではありません。
日本ではちょっと変わったものを“シュールな”と言ったりします。
でも、シュールレアリズムとは単に、変わっているものを言うのではありません。
それは、実は「過剰なまでに現実」「上位の現実」「ものすごい現実」というような意味なのです。

私の作品が、いわゆるシュールレアリズムと言えるかどうかはわかりません。
百人のシュールレアリストがいれば、百通りのシュールレアリズムがあるでしょう。
シュールレアリズムに対する考えもそれぞれ違うと思います。
でも、私がシュールレアリズムの画家・サルバドール・ダリに影響を強く受けて創作を始めた事には間違いありません(作風は全く違いますがネ!)。
そもそも、シュールレアリズムっていう言葉を使うこと自体、私にはどうでもいいのですが・・・

私がダリの作品に出会ったのは19歳の時、たまたまNHK教育テレビの『日曜美術館』を見た時でした。
その中で、ダリの≪目覚めの一瞬前、ザクロの実の周りを飛ぶ一匹のミツバチによって生じた夢≫という、なんとも長々しい題名の作品が映し出されました。
この作品を見て、私は「絵画って面白いなー、何でも描いていいのだなぁ」と思ったのです。

         dali5.jpg
サルバドール・ダリ 『目覚めの一瞬前、ザクロの実の周りを飛ぶ一匹のミツバチによって生じた夢』

この作品を皆さんは今まで目にしたことはありますか?

「えーと、どこかで見たことがあるような、無いような・・・」ですって?
この作品はダリの作品の中でも知る人ぞ知るっていう作品でしょうか?

さて、その数ヵ月後、再び、私は“なんとなく”テレビをつけて見た『日曜美術館』に、ダリの≪記憶の固執≫という作品が映し出されているのを見ました。
これは時計がグニャっと曲がったあの有名なダリの代表作品です。
これを見たとき、「凄い!」と感じました。
そこですぐに近くの図書館に行き、ダリの作品集を探して、その作品を観たのです。
ダリの数多くの作品を観ているうちに、「これが自分の世界だ。自分もこのように自由にいろいろな絵を描いてみたい」と思うようになったのです。

         image  1.jpg
          サルバドール・ダリ 『記憶の固執』

「芸術に感動した」、と言うのは、まさにこういうのを言うのでしょうネ。
この時、人の行くべき方向をも変える力を持つのが、芸術なのだと理解しました。
どうです、皆さんはそのような体験をしたことはありますか?
私が堂々とアートを論じる事が出来るのは、こうした体験があるからですよー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が“なんとなく”つけて見たテレビ番組がきっかけに、その後の自分の方向性が大きく変わっていったのです。

皆さん、今、私は“なんとなく”って言いましたが、ここに“運命”って言うものを感じませんか?
皆さんも、このような出会いによって、自分のその後の生き方の方向性が大きく影響を受けることになった、っていう経験があると思います。

え!?
「私には、そのような芸術作品との凄い出会いは、今までありませんでしたヨー。きっと、あなたは特別なんだぁ~」
って言われる方がいるかもしれませんネー。

でも、出会いがアートに限らないとしたらどうでしょう?
芸術作品に限ってではなく、何か(あるいは、誰か)と出会い、それによって、生き方の方向性が大きく変わってしまったっていう体験を・・・

こうした偶然の出来事(人との出会いなど・・・)が、その後の自分の人生を大きく変える事になった、って言うことは、誰しもあるでしょう。
アートとの出会いは、まさに恋愛に似ているのかもしれませんネ~。

         en.jpg
          『縁(EN)』

“なんとなく”の出来事(出会い)が、自分のその後の方向性を大きく変えていく。
そうした出会いは、予想外の時に突然やってくる。

実は、そこに“衝動意識”っていうものが動いているのですネー。
私が「アートは衝動である」と言っているのは、そうした自分自身の体験にもとづいているのですヨ。
                                                              つづく
        

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